“にかわ(膠)”とは?

 広辞苑によると、「にかわ(膠)は、獣類の骨・皮・腱などを水で煮た液を乾かし、固めた物質。ゼラチンを主成分とし、透明または半透明で弾性に富み、主として物を接着させるに用いる」と記載されています。

 にかわは、コラーゲンやゼラチンと主成分は同じタンパク質ですが、食用や医薬用に適しない不純物を含んでいますので、接着剤などの工業用のみに使用されます。工業用ゼラチンと呼ばれることが多くなりました。


 木や紙の接着剤としては石油化学製品が現れるまでは、でんぷん系(穀物)、カゼイン系(牛乳のタンパク質)、海藻系(ふのり)などと共に主要な接着剤でしたが、かなりの部分が石油化学製品に置き換えられて需要は大きく減少しました。しかしその特性を生かした用途には現在も使われており、将来とも併存して使われることと思います。にかわは接着剤として数々の優れた特性と欠点を備えています。


 にかわの製造方法、用途、特性を簡単にまとめました。
用途は多岐にわたり、とても収録できませんので、用途の詳細は用途名と「膠」をキーワードに検索いただくと関係企業様のホームページをご覧いただけます。本稿でも参考にさせていただきました。

にかわの製造方法

① 原料と原料の前処理

 コラーゲンを含む原料を前処理によりコラーゲン以外の成分をできるだけ除去し精製します。 それとともに湯につけるとにかわとして溶け出すようにコラーゲンの構造を変化させます。


 脱毛した牛の皮(「にべ」とも呼ばれる)、牛骨、鹿の皮、水牛の皮なども原料として使用されますが、クロムなめし革の製造の副産物として排出するシェービング屑も原料として使用されます。シェービング屑は皮をクロムなめししたのち、使用目的に合った厚さにそろえるために裏(肉面)側をシェービングマシンで削り取ったひも状あるいは粉末状の革で、化学処理により脱クロムしてコラーゲンのみにして、湯に漬けてにかわを抽出し、ろ過・濃縮・乾燥・粉砕して製品にかわになります。


 にべ、鹿皮、水牛皮は、毛が着いている物は脱毛し、乾燥している皮は水漬けして柔らかくします。これを5~10cm角に裁断して、水洗し、水酸化カルシウム液を満たした槽に長期間漬けます(石灰漬け)。酸で中和・水洗して抽出工程に進みます。


 牛骨は、1cm以下に砕いて、酸を満たした槽に漬けリン酸カルシウムを溶解除去します。
得られたタンパク質(「オセイン」と呼ばれる)を石灰漬けします。

弊社は牛革のシェービング屑を原料としています。

原  料 原料の状態 前 処 理
牛皮 塩漬け原皮 脱毛→石灰漬け
水牛皮 脱毛乾皮 水漬け→石灰漬け
牛骨 砕骨 酸処理→石灰漬け
鹿皮 塩漬け原皮 脱毛→石灰漬け
牛革 シェービング屑 脱クロム

② 前処理以後の工程

 前処理された原料を70~100℃の湯に数時間漬けてにかわを抽出します。抽出されたにかわ液はろ過して、真空濃縮缶で水を蒸発させ約50%に濃縮します。通常、抽出は水を換えて2~3回行われます。

濃縮液は冷却してゲル化させ、板状にあるいは押し出してヌードル状のゲルとし、金網にのせて乾燥空気を吹き付けて乾燥させます。乾燥したにかわは粉砕し、所望の物性になるよう複数のロットをブレンドし、袋詰めして製品となります。

にかわの歴史

 にかわの製造とその接着剤への利用は太古から狩猟民族に共通の生活技術であったと思われます。日本でも奈良時代から記録がありますが、江戸時代以降はほぼ以下のような方法で製造されていました。

 皮屑やにべを石灰液に漬け、水洗し、鍋で煮て、抽出されたにかわ液をゴミなどを除いて柄杓ですくって木箱に入れ、放冷してゲル化させる。これを細長い短冊状に掻き取って、冬季屋外の乾燥台上で天日乾燥する。細い角柱状の三千本にかわや板状のにかわが製造されました。和膠の製法です。

大正年間から機械化された通年生産方式が国産技術として開発されました。製品は洋膠と呼ばれ、次第に勢力を増し、昭和38年頃から和膠の生産を上回るようになり、現在は和膠に取って代わった。前項の製造方法で述べた方法です。

ゼラチンの製法は、不純物の比較的少ない原料を使用し、各工程を丁寧に行い、パルプろ過、さらにイオン交換樹脂や限外ろ過等の精密ろ過の後、加熱滅菌され、衛生的にも注意して行われます。

にかわの用途

① 現在の主要な用途

・紙の接着剤 紙器、紙管、製本

 紙器・紙函(かみばこ) にかわは初期接着力が大きいので自動製函機に適しますが、溶解作業に手間がかかる、乾燥皮膜が硬いこと、耐水性がないこと、微生物汚染を受けやすいこと等の欠点をもっているので、それを改善するために添加剤により改質したものが広く使われています。

紙管の製造には酢酸ビニルエマルジョンが主流ですが、強度や耐熱性が要求される場合はにかわが使用されています。製本にはにかわの耐久性・強靱性が求められる上製本に使用されています。

・研磨布紙

 研磨砂を紙や布に塗布する接着剤としてにかわと合成樹脂とが使用されています。炭酸カルシウムなどの充填剤が配合されることもあります。使用されるおもな合成樹脂は、フェノール樹脂、エポキシ樹脂です。 にかわは柔軟性に富むので木工や手作業に適しているのと、安価であるため今なお使用されています。しかし耐水性にとぼしいので、湿式の環境で作業する耐水研磨紙用には使えません。

・ガムテープ

 本来は段ボール箱などの封緘(ふうかん)に用いられるテープで、クラフト紙あるいは布テープに再湿性接着剤 を塗布したものです。再湿性接着剤とは,郵便切手の裏に塗布されているのり(糊)がその一例ですが、 使用に先立って水を着けることによってのりに粘着性が与えられ、貼付後に水分が蒸発するか吸収されるかして固化し,接着力が発揮される接着剤のことで、変性したでんぷんあるいは水溶性アクリル樹脂類が主として用いられます。((c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.)にかわは1967~72年頃は推定5000t/年が消費され、日本のにかわの需要の40%台を占めたこともありますが、現在は全く減少しています。

・マッチ

 軸木の頭薬に塩素酸カリウム、硫黄、ガラス粉、松脂、珪藻土、顔料・染料等とともににかわが使用されます。軸木を収める紙箱の側薬には赤燐、硫化アンチモン、塩化ビニルエマルジョンが使用されています。マッチ工業は輸出産業として1900年頃の黄金期と、1970年頃の盛期を経て、使い捨てライター、自動点火装置の普及などにより需要は減退し、主力は広告用に移っている。

・墨、岩絵具

 墨の製造には煤(すす)のバインダーとして鹿にかわが、日本画を描くのに顔料の岩絵具のバインダーとして鹿にかわ、牛皮にかわの三千本が使用されます。西洋ではうさぎにかわ(トタンにかわ)がよく使われます。テンペラ画の石膏地や白亜地の下地としてにかわが用いられます。

どうさとして紙のにじみを抑えるために、にかわとみょうばんを溶かした液を紙に塗ることが行われています。

・木製品の接着剤 (家具・仏壇・仏具・楽器)

 にかわ接着剤はにかわ液が冷却することにより、短時間に高い初期接着力が得られる便利さから、古くから木工用に用いられてきました。天然ホットメルト接着剤です。しかし、耐水性の要求により動植物接着剤は特殊な目的に限定された使用になっています。

木製品の接着では、にかわを2~2.5倍の水に浸せきして十分に吸水膨潤させて湯煎上で60℃に加温溶解してにかわ液をつくります。被着物の一方ににかわ液、他方にホルマリン液を塗りつけて数回こすり合わせたのち圧締接着します。

仏壇・仏具 下地にとの粉とにかわを練ったものを塗って研ぎ上げ、漆で中塗り、仕上げ塗りをして磨き、金箔を押します。「お洗濯」と称して古くなった仏壇・仏具の部材を湿らせて接着部分をはずし、洗浄して塗装・箔押ししてにかわ接着して組み立てることが行われます。

楽器 楽器の接着剤の一番の要素は、解体修理がきくかどうかです。勿論、音の問題や、長期間にわたって、テンションに耐えるかどうかも重要ですが、 湿気と熱を加えると、容易にバラせることが大切です。

雛人形の修理にもにかわが使用されています。

・電解精錬

  銅、鉛、亜鉛の電解精錬の添加剤として使われます。

・コロタイプゼラチン

 コロタイプは写真印刷の一種です。ゼラチンと、ハロゲン化銀と重クロム酸塩を溶解した液(クロム化ゼラチンをガラス板に塗布し乾燥させると表面に細かいしわが生じます。これに写真原稿のネガを密着焼き付けすると、ネガの濃淡に応じて版面の感光硬化度も段階的に水に不溶性になります。水洗して重クロム酸塩を溶出除去し、油性インキを付けて紙に転写します。

②過去のその他の用途

・繊維加工、縦糸用糊剤、仕上げ剤

 にかわ・ゼラチンの水溶液は膠着性のよいコロイド液を生成し、その乾燥物は接着性および成膜性に優れています。この性質が織物用糊剤に応用され、 製織時における縦糸糊剤、仕上げ用糊剤、捺染用元糊剤として使用されてきました。しかし合成繊維や合成糊剤、合成仕上げ剤が開発され、にかわ・ゼラチンの使用は衰退しました。

・印刷ローラー

 にかわに糖蜜やグリセリン等を配合したものはゼラチン特有の弾力性とインキの転移性と耐薬品性とをもち、再製も可能 なのでローラー状に成型して、印刷ローラーが製造されました。昭和30年代には最盛期 を迎えました。しかし 40年代には印刷機の高速化により耐熱性と耐湿性に弱点があって衰退し、ゴム、ポリウレタンローラーにその座を奪われました。

・感圧紙

 ノーカーボン紙の製造ににかわが一時使用されたが合成化学製品にその座を奪われた。1枚目の用紙の裏面にロイコ染料を封入したマイクロカプセルを塗布し、2枚目の用紙の表面に顕色剤を塗布したもの、あるいは1枚の用紙表面に両者を塗布したもので、いずれも無色であるが、機械的あるいは衝撃的な圧力により青色に発色します。マイクロカプセルの材質はにかわ(ゼラチン)であるが、合成樹脂に取って代わられつつある。日本のノーカーボン紙の品質は世界のトップレベルであり、世界市場で競争力のある数少ない紙製品の一つです。

・テグス用ゼラチン

 絹糸をゼラチン液に浸したのちホルムアルデヒド溶液に浸して硬化させた。

今はナイロン、ポリエチレンに取って代わられていますが、近年野生の鳥や魚などに釣り針や釣り糸が絡んで死ぬ被害が問題になっており、生分解性の釣り糸として見直されるかもしれません。

・ガスケット

 石綿にゼラチンを含浸させ、さらに硬化させたもの。 内燃機関のシリンダーガスケットに使用されました。

・石油樽の内塗り

 木の樽に油性の液体を入れる場合に使われました。

・製紙サイジング剤

 にかわとみょうばんを溶かした液を紙に塗布してにじみ止めに用いた。紙が大量生産されるようになると高価なにかわに代えて松ヤニの成分であるロジンと硫酸アルミニウムが使用された。これは酸性紙として長期の保存に問題が生じ、石油系のサイジング剤が開発され中性紙も作られるようになっています。

・塗装用

 石膏などを混ぜ壁に塗る。 光沢、接着力を利用すると思われます。

にかわの特性

①ゾル―ゲル変化 

40℃以下のある温度域を境に高温ではゾル状、低温ではゲル状に可逆変化する。ゲル化すると接着剤として初期接着力が大きいので生産性を高くできる。

②水に溶けやすい 

水に濡れると接着力が著しく低下する。 接着剤として一大欠点であるが、楽器の接着などこの性質をうまく利用した用途もある。また、古紙の再利用には好都合である。

文化財の保存で、障屏画の修復にポリビニルアルコールを使用したが劣化による不透明化や硬化が問題になっている。にかわやでんぷん、ふのりによる修復法に復帰した。(2011.2.20朝日新聞)

③乾燥すると硬くなる 

接着強度が大きく耐熱性がある。 菓子箱、上製本などの用途に利用されている。

④有機溶剤に溶けにくい 

古くはテグスの表面塗布、木樽の内面塗布、印刷用・糊付け用のゼラチンローラー等に使用されました。

⑤分子鎖はフレキシブル 

にかわのタンパク質分子は長い鎖状で、正負の荷電、疎水性、親水性をもつアミノ酸残基が交互に不規則に混じり合っている。しかも溶液中ではにかわの分子鎖はコラーゲン分子のように剛直でなくフレキシブルである。

⑥生分解ポリマーである 

水分と温度が適当だと微生物による分解を受けやすい。原料は獣畜由来なので再生産可能であり、廃棄すれば微生物により分解されて大地に戻る、循環型材料なので地球環境に優しい

にかわの規格・試験法

  にかわおよび工業用ゼラチンの品質規格としてJIS K6503があります。その代表的な特性はゼリー強度です。ゼリー強度は直径1/2インチ(12.7mm)のプランジャーが4mm沈む時の荷重のグラム数をブルーム(Bloom)と呼んでいます。一般にゼリー強度が高ければ価格も高い。

 JISによれば、にかわは12.5w%(ダブル法)、ゼラチンは6 2/3w%(シングル法)の濃度の溶液を作り、まず粘度を測った後、規定の容器に入れ10℃の恒温槽で16~18時間保った後、ゼリー強度を測定する。

[文献]
本稿の作成には以下の文献、用途関係の企業のホームページを参考にさせていただきました。記して感謝いたします。
日本にかわ・ゼラチン工業組合“にかわとゼラチン”(1987)丸善(株)大阪支店